一本の電話がルールを変え、少女を救った

自分の気持ちや行動がうまく伝えられなかった時、悲しい気持ちになるのはまだ人というものを信じているからかもしれません。

おそらく一本の電話がなければ、少女は大人や学校を信じられなくなってしまっただろうと思います。

まだまだ朝は冷え込む時期です。今年度の学年末テストを控えて、少女はちょっと緊張しながら学校へ向かっていました。
私立の進学校に通っている少女は、まじめな性格もあり、ひとつひとつのテストや課題に一生懸命取り組んでいます。特に今回は1年で1番重要な試験でもあるので準備を怠りませんでした。

通学途中の道端で、少女の前に1人のおばあさんが倒れてうずくまっていました。病気か事故か…と思いながら少女が近づいていくと、おばあさんの傍らには大きな荷物が落ちていました。どうやらバランスを崩して荷物ごと倒れてしまったようです。余りの痛みに動けない様子のおばあさんを介抱しながら、携帯電話で救急車を呼び、一緒に待っていました。

その間、試験に遅刻してしまう可能性が高いため、学校へ連絡し現状と遅刻の報告を行いました。
学校へも連絡がついたため、おばあさんに付き添っていることにしました。

そして救急車が到着後、事情説明も兼ねて一緒に救急車へ乗り込むこととしました。
おばあさんは命に別状はなく、足を捻挫しているだけで済みました。おばあさんはお礼と学校へ遅刻してしまったことへの謝罪がありましたが、すっかり落ち着いたおばあさんを見て、少女は一安心して笑顔で病院を後にしました。

おばあさんが無事で本当に良かった…清々しい気持ちで学校へ到着すると、何と少女は学年末テストを受けることができないと学校側から言われてしまったのです。

「きちんと試験開始前に事情も説明して、遅刻の連絡を入れているのに、なぜ試験を受けることができないのですか?」

彼女は先生に向かって問いかけました。
先生は何をいまさら…というように理由を説明します。

・どんな理由があれ、自分が判断したのだから自分都合の遅刻に追試があるわけがない
・全く知らない、親族でもない人が怪我をしたからということで、あなたが試験を受けられないという理由にはならない
・このことを許可したら、世の中全ての人が怪我をしただけで追試をしなくてはいけなくなる

少女は頭が真っ白になりました。
ほめられることを期待していたわけではないけれども、倒れている人を助けることは学校ではおかしい行動だったのだろうか…。

しかし、少女はもう一度先生へ疑問をぶつけます。

「では、倒れているおばあさんを放っておけばよかったのでしょうか。」

・救急車を呼び、あなたは学校へ向かえばよかった
・救急へ同乗しなくてはいけないような状況、怪我だったのだろうか

どれだけ少女が訴えても、彼女が言っていることは理由にならないそうです。先生の理屈はわかります。でも目の前で倒れた人を放っておけない…少女は悔しさで泣きそうになりながら自分の気持ちを伝えますが、遂には諦めて何も言えなくなってしまいました。

その後、帰宅させられました。自分がどんなに説明しても先生を納得させることはできない…少女の気持ちは沈みます。

その日の午後、自宅へ学校から電話がかかってきて、今から特別に学年末テストの追試を行うのですぐに学校へ来るように、とのことでした。
急なことで何が何だかわからないまま、しかし大事なテストを受けることができる喜びに包まれながら学校へ向かいました。
特別に別室が設けられて、少女のために試験が行われました。
少女は何とか無事に学年末テストを受けることができ、準備の甲斐もありできも悪くなかったと思います。

そして、何より少女が嬉しかったのは…

おばあさんが学校へ連絡してくれたおかげで追試が行われることになったそうです。
実はおばあさんはこの学校出身で、学校生活や試験なども厳しいことは知っていた上で、少女に助けられたこと・人として素晴らしい行動をしてくれた少女を認めてあげてほしいこと・勉強やルールも大事だけれども、人生にはこのようなことが大事だと先生たちもわかっているであろうこと…何度も何度も電話口でお願いをしてくれたそうです。泣いてしまいそうになるほど嬉しくて、感謝しました。

自分のしたことは間違っていなかった!

今するべきことをしたはずだったのに、学校や先生の理屈では違っていたことに一時は打ちのめされていた少女は、自分の行動が間違っていなかったことが証明されたように思えました。

大人になっていく過程で、子供たちはルールを知り、守れるようになる練習をしています。
ただ、今ここにあるルールが本当に正しいのか…
もしかしたら子供たち自身がその経験で感じている矛盾の方が正しいのではないのか…
そして大人はその矛盾をバカにせず耳を傾ければもっといいルールができるのでは…

大人が信じてもらえるかどうかは、子供たちの言葉をしっかり受け止められるか…ではないでしょうか。

参考資料
http://cadot.jp/impression/5305.html/4