武士道をつらぬいた「大空のサムライ」

武士道をつらぬいた「大空のサムライ」

戦地にあって、敵を見かけたら撃ちまくる
そんな光景を数多く見聞きしてきました。実際に、その場に自分がいたとしたら、どれほどの恐怖と緊張感に満ち満ちていることでしょう。人影を見、気配を感じただけでも、自分の死を身近に感じ、敵、味方もわからずにただ、生きるために撃ち出てしまうのが本能というものではないでしょうか。

しかし、「大空のサムライ」と言われる旧日本海軍中尉 坂井三郎は違ったのです。

坂井は「撃墜王」と呼ばれるにふさわしい人物でした。零戦での出動回数は200回を超え、64機の敵機を撃墜した記録を持つほどのスゴ腕の持ち主です。

1942年、太平洋戦争がはじまってすぐの事でした。敵基地を侵攻するために出動していた坂井は、オランダ軍の1機の大型輸送機を見つけました。

日本軍からは「たとえ、民間機といえども、軍の重要人物が載っているかもしれない。敵機が飛行していたならば、捕獲、またはすべて残らず撃墜せよ」との命令がでていました。

坂井はその大型輸送機に近づき、敵軍の重要人物が中にいないか窓からのぞき込みました、すると、太陽の光に照らされて彼の目に飛び込んできたのは、彼の機体におびえ震える女性や子供の姿でした。

彼はその姿を確かめると、「逃がそう」と決断しました。当時の軍の命令は絶対死守すべきものだったことはご存知の通りです。それにそむくと言うことは、決して許されない時代。

しかし、彼は輸送機に乗っていた女性や子供に手を振ると戦機をひるがえして、空の中へと消えて行きました。彼は、立派な日本海軍であり、武士道を心に秘めたサムライだったのです。

基地へ戻り彼は、飛行中に敵と思われるものには出会えなかったと軍へ報告しました。そして、ずっと彼の心の中にとどめ隠しもっていたのです。

しかし、戦後、ある一人のオランダの看護婦が、坂井の著書を偶然目にし、零戦に描かれたマークから坂井があの時、見逃してくれたパイロットだと知りました。彼女は坂井が見逃したあの輸送機に乗っていたひとりだったのです。

看護婦は国際赤十字を通じて坂井を探しあて、戦後50年たち、彼女は坂井に会うことができました。坂井の手を握りしめ、あの時輸送機に乗り合わせたみんなの感謝の気持ちを涙を流しながら伝えたそうです。

参考文献;http://www.cosmos.zaq.jp/t_rex/works/works_7_v.html